Ancient Japan

考古学。近・現代史。音楽。アート。

Lindsey Stirling、なんて可愛いいんだー!!

リンジー・スターリング、1986年9月生まれ。まだ27歳です。ピチピチしてます。


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まずは、この曲からどうぞ。メチャクチャ可愛いです。

Lindsey Stirling - 「We Found Love」







彼女はYoutube出身なんですね。2007年から自身のYoutubeチャンネル「Lindseystomp」で自主制作の動画をアップしていたそうです。

しかし、彼女の才能は並ではなかったんですね。

「Crystallize」彼女のオリジナル作品です。







彼女が注目を集めるようになったきっかけは、2010年に「America's Got Talent」と言うアメリカの米タレント・オーディション番組で、準々決勝まで進んだ事だそうで、そこからは、もう一気にスターの階段を駆け上がってしまう事になるんですね。

「Phantom of the Opera」







こちらも彼女のオリジナル曲ですね。

彼女は決して、ただのアイドルミュージシャンではないんですね。

彼女の愛嬌とパフォーマンスに隠れてしまって気付きにくい事ですが、彼女の音楽家としての実力も超一流。まさに彼女は天才なんですね

「Shadows」







彼女に関して詳しいリンクのご紹介です。

Lindsey Stirlingアルバム『Lindsey Stirling』全曲・ユーチューブ動画

踊るバイオリニスト リンジー・スターリングインタビュー

彼女のビデオは、また追加します。



Lindsey Stirlingでした。

Sinead O'Connor、、、スキンヘッドは何故?

シニード・オコナーさん、元々はすごい美人だったんでしょうけど、今では大変ふくよかになられて、見る影もないらしいです。


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この人もアイルランドの方なんですね。アイルランド出身の大物ミュージシャンは大変多いですね。

まずは、この曲、説明不要ですね。

Sinéad O'Connor -「Nothing Compares 2U」







「Nothing Compares 2 U」はプリンスの曲だったんですね。それを目ざとくカバーした彼女の眼力も大したものです。

「Sinéad O'Connor - Nothing Compares 2 u live」







しかし、彼女は何故スキンヘッドにしてしまったんでしょうか?

本当はとんでもない美人だったんですよね。あんまり美人だったんで、色気を出す事に自分でブレーキを掛けたかったんでしょうか?

ABBA「Chiquitita」もカバーしてます。さすがカバーの女王です。

「SINEAD O'CONNOR Chiquitita」







シニード・オコナー、レゲエも唄ってみせます。

「Sinead O'Connor - Downpressor Man」


 






Sinead O'Connorでした。

ABBA、兄貴が大ファンでした。

ABBAスウェーデンのバンドですが、70年代ユーロポップの代表ですね。


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うちの兄貴が大ファンでしたが、四人ともやっぱり北欧っぽいですね。ヴァイキングの末裔です。




まずは、「Chiquitita」







ABBAの曲の中で、一番ヒットしたのは、「Dancing Queen」でしょうか?







ABBAのグループ名の由来は、四人の名前の頭文字なんだそうです。

BjornさんBennyさんが、男性陣二人なんですね。二人が作曲するようです。

AgnethaさんAnni-Fridさんが女性陣ですね。二人が歌います。



「Take A Chance On Me」







四人とも若い時にしっかり稼いだんで、現在は悠々自適でしょうか

「Gimme! Gimme! Gimme!」







ABBAでした。

”Era” ん? アメノ鳥目?

Era「Ameno」ヴィンセント・ニコロさんも歌ってます。私はコーラスは大好きです。



Vincent Niclo - 「Ameno」







Eraは、フランスの音楽グループですね。エリック・レヴィさんが中心になっているようです。


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こちらが本家のEraのコーラスですね。さすがにラテンは色気ありますよね。Amenoの歌詞は造語だそうです。あんまり意味は無いそうで。

「Era - Ameno」 (live, Germany, 1998) 







「Ameno」のオリジナルビデオはこちら。

「eRa - Ameno (official HD)」







Eraは映画「グラディエーター」のサウンドトラックにも参加してます。

「Era - Hymne (Gladiator)」







Eraでした。

摩擦式発火法と、人類のアメリカ大陸進出。

この写真の二人の女性はメキシコのマヤ系の少数民族のマム族です。親子なんでしょうか?


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出展、「少数民族&旅の写真集」




アメリカ大陸の先住民の祖先達は、ほぼ100%、私達と同じモンゴロイドなんですね。

彼らは、今から一万四千年ほど前に、ユーラシア大陸からアメリカ大陸に渡ったと考えられていますが、実際には当時は陸続きだったので、渡ると言うより猟をしながら平原を東進したと言う事なんですね。

現在のユーラシア大陸東端からアラスカ半島に掛けての地域をベーリング陸橋と言います。


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このベーリング陸橋は、たまたまアメリカ大陸先住民の祖先達がここを通った時にだけあった訳ではありません。

ずっとずっと以前からあったのですが、人類が自分達で火を起こせる様になった事で、高緯度の寒い地方にも進出するようになり、彼らがここを通過した後で、氷床が溶け、低地が海に沈み、海峡になってしまったと言う事であって、陸が分かれたのは、比較的には最近の事なんですね。


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(リンクをクリックすると時代ごとの変化が見れます。)



現在の中国の長江下流地域では、二万年前に土器が作られていたようですし、列島でも、それに近い物が出土していますが、これらの事は、明らかに人類が自分達の力で火を起こす事が出来るようになった事と関係している筈です。

それともう一つ、人類の北上を助けた大きな要因として、1万4500年程前から1万3000年程前まで続いたとされる、ベーリング温暖期やアレレード温暖期と言う気温の高かった時代があったそうで、アメリカ大陸先住民の祖先達が未知の大陸に移動した時期とピッタリ重なりますし、私達が大雑把に氷河期と呼んでいるのは、これらの温暖期の気温上昇で、北米やシベリアの氷床の大部分が溶けてしまうまでの事なんですね。

この写真は、それらの温暖期が始まるまでの北米大陸の様子ですが、その北東部を広く覆っているのが、ローレンタイド氷床と呼ばれる氷床だそうで、その氷床の厚さは何と、3000mもの高さになっていたそうです。


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北米大陸を広く覆う氷床の厚さが3000mもあって、その氷が全て無くなってしまう訳ですから、結果的に、地球上の海面が100メートル以上も上昇してしまうのも納得がいきます。

モンゴロイドは、現在、北へ行けば行く程、目が細い、一重瞼である、彫りの浅い平面顔である、体毛が少ない、唇が薄い、耳垢が乾くと言った、寒冷地に適応した形質を持っているのですが、これらの形質をまとめて新モンゴロイド的形質とか、弥生人的形質と言ったりしますね。

私達と同じモンゴロイドが極寒の地に適応出来たのは、「摩擦式発火法」を手に入れた事で、いつでも必要な時に、野を焼く事で、寒さを凌ぐ事と狩猟の両立が出来るようになったからだと私は考えていますが、この事は、極東の土器製作の起源の古さとも関係しているとも思えます。

東アジアの中で、中国南部から日本列島に掛けては、一般に、夏に湿度が高く、火がどうしても必要な冬に空気が乾燥していて火を起こすのには好都合なのですが、その事は「摩擦式発火法」を早くにマスター出来た事と関係があるのかも知れません。

私達モンゴロイドの祖先達は、自分達で火を起こせるようになったから、シベリアを通過しアメリカ大陸にまで進出する事が出来たのではないでしょうか。


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摩擦式発火法と、土器製作の起源と、モンゴロイドの寒冷地適応の形質やアメリカ大陸進出は無関係ではないと私は考えていますし、火の文化は私達の住む東アジアから北へ西へ拡がったのだとも思っています。

現代は電気・ガスの時代ですが、歴史上の人類の拡散は、まさに火の使用の拡大・発展だったと言う事になりそうですね。

The Greatest Speech Ever Made - Charlie Chaplin

 

チャップリンの有名な「史上最高のスピーチ」ですね。


1940年10月15日にアメリカで公開された映画『独裁者』ラストシーンだそうです。


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「当初、独裁者の最後は戦争が終わり、ユダヤ人と兵士が手に手を取って踊りを踊り、また中国と戦争をしていた日本も爆弾の代わりにおもちゃを落とし、中国との戦争を終えるという設定をしていた。しかし、チャップリンはこれでは独裁者に対する怒りを表現できないとして台本を変え、最後の6分間の演説となった。」-(Wikipedia-『独裁者』-製作)と言う事だそうです。

「この映画の製作は、世界状況の緊張と軌を一にしている。『独裁者』だけでなく、『en:The Mortal Storm』や『en:Four Sons』(どちらも日本未公開)のような他の反ファシズム映画は、アメリカとドイツの中立状況の中ではリリースできないだろうと予測されていた。そんな中、チャップリンは財政的にも技術的にも他のスタジオから独立していたため、大々的に作品の製作を行うことができた。だが一方では、『独裁者』がリリース不可能になれば、150万ドルを個人資産から投資していたチャップリンは破産する、という状況でもあった。」-(Wikipedia-『独裁者』-公開)と言う事だそうで、実際に公開までの道のりは簡単なものではなかったようですね。

アメリカの映画界は元々、国際金融支配勢力系のユダヤ人が牛耳っている世界で、チャップリンは当然彼らと協力したり対峙したりしながら、社会に強いメッセージを投げかける、これらの映画を製作して行くしかなかったんですね。

チャップリンは、1952年にアメリカを追放される事になってしまいます。


 


<スピーチ全文>

申し訳ないが、私は皇帝などなりたくない。それは私には関わりのないことだ。誰も支配も征服もしたくない。できれることなら皆を助けたい、ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。

私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。私たちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私たちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。

この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。 
人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。

私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。

知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは考え過ぎで、感じなく過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう

飛行機やラジオが私たちの距離を縮めてくれた。そんな発明の本質は人間の良心に呼びかけ、世界がひとつになることを呼びかける。

今も、私の声は世界中の何百万人もの人々のもとに、絶望した男性達、女性達、子供達、罪のない人達を拷問し、投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。

私の声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。

私たちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのだ。憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。決して人間が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

兵士たちよ。獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは、君たちが何をし、何を考え、何を感じるかを指図し、そして、君たちを仕込み、食べ物を制限する者たちは、君たちを家畜として、単なるコマとして扱うのだ。

そんな自然に反する者たち、機械のマインド、機械の心を持った機械人間たちに、身を託してはいけない。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。君たちは心に人類愛を持った人間だ。憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。愛されず、自然に反する者だけだ。

兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え。『ルカによ福音書』の17章に、「神の国は人間の中にある」と書かれている。一人の人間ではなく、一部の人間でもなく、全ての人間の中なのだ。君たちの中なんだ。

君たち、人々は、機械を作り上げる力、幸福を作り上げる力があるんだ。君たち、人々は人生を自由に、美しいものに、この人生を素晴らしい冒険にする力を持っているんだ。

だから、民主国家の名のもとに、その力を使おうではないか。 皆でひとつになろう。 新しい世界のために、皆が雇用の機会を与えられる、君たちが未来を与えられる、老後に安定を与えてくれる、常識のある世界のために闘おう。

そんな約束をしながら獣たちも権力を伸ばしてきたが、奴らを嘘をつく。約束を果たさない。これからも果たしはしないだろう。独裁者たちは自分たちを自由し、人々を奴隷にする。

今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にするために、国境のバリアを失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために闘おう。

理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために闘おう。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう。



字幕が不要な方は、こちらのビデオで。チャップリンの迫力が伝わって来ます。


 



<原文>

I’m sorry but I don’t want to be an Emperor – that’s not my business – I don’t want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone if possible, Jew, gentile, black man, white. 

We all want to help one another, human beings are like that. We all want to live by each other’s happiness, not by each other’s misery. We don’t want to hate and despise one another. 

In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone. The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way. Greed has poisoned men’s souls – has barricaded the world with hate; has goose-stepped us into misery and bloodshed.

We have developed speed but we have shut ourselves in: machinery that gives abundance has left us in want. 

Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind. We think too much and feel too little: More than machinery we need humanity; More than cleverness we need kindness and gentleness. Without these qualities, life will be violent and all will be lost.

The aeroplane and the radio have brought us closer together. The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all. 

Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children, victims of a system that makes men torture and imprison innocent people. 

To those who can hear me I say “Do not despair”. The misery that is now upon us is but the passing of greed, the bitterness of men who fear the way of human progress: the hate of men will pass and dictators die and the power they took from the people, will return to the people and so long as men die [now] liberty will never perish…

Soldiers – don’t give yourselves to brutes, men who despise you and enslave you – who regiment your lives, tell you what to do, what to think and what to feel, who drill you, diet you, treat you as cattle, as cannon fodder.

Don’t give yourselves to these unnatural men, machine men, with machine minds and machine hearts. You are not machines. You are not cattle. You are men. You have the love of humanity in your hearts. You don’t hate – only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural. 

Soldiers – don’t fight for slavery, fight for liberty.
In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written ” the kingdom of God is within man ” – not one man, nor a group of men – but in all men – in you.

You, the people have the power, the power to create machines, the power to create happiness. You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure. 

Then in the name of democracy let’s use that power – let us all unite. Let us fight for a new world, a decent world that will give men a chance to work, that will give you the future and old age and security. 

By the promise of these things, brutes have risen to power, but they lie. They do not fulfil their promise, they never will. Dictators free themselves but they enslave the people. 

Now let us fight to fulfil that promise. Let us fight to free the world, to do away with national barriers, do away with greed, with hate and intolerance. 

Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men’s happiness. Soldiers – in the name of democracy, let us all unite!

「古代に人が洞窟に住んだ理由。『火』の文化」

この写真は、フランスのラスコー洞窟の壁画です。有名ですね。一万五千年程前に、クロマニヨン人によって描かれたそうです。

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洞窟には、古代人の足跡が残っている場合が大変多く、洞窟は考古学的に非常に重要な場所なんですね。

一体なぜ、古代人達が洞窟の周辺で生活していたかと言うと、一番重要な問題は、「火」の管理だと考えられます。

実に、「ヒト」は「火」を使う事で、「サル」とは違った方向に進化して行ったと言う事なんですね。

この事を、Wikipedia - 「火の使用」から抜粋しますと、

「初期のヒト属による火の利用が始まってから、ヒトの社会文化的進化は急激に早まった。ヒトは火を調理に使い、暖を取り、獣から身を守るのに使い、それにより個体数を増やしていった。火を使った調理は、ヒトがタンパク質や炭水化物を摂取するのを容易にした。火により寒い夜間にも行動ができるようになり、あるいは寒冷地にも住めるようになり、ヒトを襲う獣から身を守れるようになった

ヒトの生活は、火とその明るさで大きな影響を受けた。夜間の活動も可能となり、獣や虫除けにもなった。また、当初は火を起こすのが難しかったため、火は集団生活で共用されるべきものとなり、それにより集団生活の必要性が増した。

火の使用は栄養価の向上にも繋がった。タンパク質は加熱することで、栄養を摂取しやすくなる。黒化した獣の骨から分かるように、肉も火の使用の初期から加熱調理されており、動物性タンパク質からの栄養摂取をより容易にした。加熱調理された肉の消化に必要なエネルギーは生肉の時よりも少なく、加熱調理はコラーゲンのゼラチン化を助け、炭水化物の結合を緩めて吸収しやすくする。また、病原となる寄生虫や細菌も減少する。

また、多くの植物には灰汁が含まれ、マメ科の植物や根菜にはトリプシンやシアングリコーゲンなどの有毒成分が含まれる場合がある。また、アマ、キャッサバのような植物に有害な配糖体が含まれる場合もある。そのため、火を使用する前には植物の大部分が食用ならなかった。食用にされたのは種や花、果肉など単糖や炭水化物を含む部分のみだった。ハーバード大学のリチャード・ランガムは、植物食の加熱調理でデンプンの糖化が進み、ヒトの摂取カロリーが上がったことで、脳の拡大が誘発された可能性があると主張している。」

と言う事だそうですが、初期の頃の人類の火の使用は、この写真ように、火山の近くに限られるようです。


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このあいだ、アンダマン諸島の先住民に付いて書きましたが、アンダマン諸島の先住民は、他の文化と接触するまで、火の起こし方を知らなかったそうで、一旦火を失ってしまったら、次に落雷によって火が確保されるまで、待つしかなかったそうです。

この写真のような、木と木をこすりつける事で火を起こす、摩擦式発火法を手に入れるまで、人類は火山の噴火や落雷や山火事等によって偶発的手に入れる事が出来た「種火」をただひたすら絶やさない様に保ち続けるしかなかったんですね。


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そんな「種火」を維持するには、風雨に耐える場所が必要です。

何百万年と言う長い期間、人類が洞窟の近くに住み続けた理由は、まさにそこに有ると言えます。

と言う事で、洞窟での人類の足跡が見られなくなる時期が、人類が「摩擦式発火法」を手に入れた時期と重なる筈ですね。

洞窟に壁画が残されていると言う事は、そこで古代人が「種火」を維持する必要があったと言う事を示していると言えると考えています。



リオ・ピントゥラスの「手の洞窟」の壁画(アルゼンチン、パタゴニア)。


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アボリジニのノーランジーロックの壁画(オーストラリア)。



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